広隆寺 と 大酒神社
帰化人系のの氏族である秦(はた)氏の氏寺であり平安京遷都以前から存在した、
京都最古の寺院である。
国宝の弥勒菩薩半跏像を蔵することで知られ、聖徳太子建立七大寺の一つ。
毎年10月12日に行われる牛祭は、京都三大奇祭として知られる。
仁王門 元禄15年(1702)の建立
広隆寺パンフレットより転載
上宮王院
等身大の33才像は太子自作(伝)
所在地:アクセス
京都市右京区太秦面影町
京福電鉄嵐山線太秦広隆寺駅より 01分
名阪自動車道 京都南より 15分
☆訪問撮影-2007.10.14 天候:晴☆
【大酒神社おおさけじんじや】
広隆寺東側に隣接する大酒神社は、延喜式神名帳葛野郡二十座の中にあり、
元名を大姉神社、大酒明神とも称され、古くは広隆寺と一体の神社でした。
由緒書によると、 -「大群」と称するは秦始皇帝の神霊を仲哀天皇8年(356)、
皇帝14世の孫、功満王が漢土の兵乱を避け、日本側の淳朴なる国風を尊信し
、始めて来朝し此地に勧請す。
これが故に「災難除け」「悪疫退散」の信仰が生れた。後の代に至り、
功満王の子弓月王、応神天皇14年(372)、百済より127県の民衆18.670余人を
統率して帰化し、金銀玉帛等の宝物を献上す。
又、弓月王の孫酒公は、秦氏諸族を率いて蚕を養い、呉服漢織に依って絹綾錦
の類を夥しく織出し朝廷に奉る。
太秦の摩畦羅の神の乗る
牛の黒さをおもふ闇を見つめて
<吉井勇>
蜂岡山 広隆寺
(御室派の寺院:古儀真言宗別格本山)