墨 俣 一 夜 城上方散策 上方の史跡および文学散策

出 世 太 閤 記

墨 俣 一 夜 城

訪問時は 桜まつり 開催中でした

所在地:アクセス
  岐阜県大垣市墨俣町墨俣、
     位置 北緯35度22分1.54秒
     東経136度41分15.76秒

☆訪問撮影-2008.4.7 天候:快晴☆


 

1566年に木下秀吉(豊臣秀吉)が墨俣に一夜城を築いて在城したとされるが、『武功夜話』によれば、
織田信長の稲葉山城攻略の際、秀吉はこの城から出撃して大功を立てたというが、
この墨俣一夜城築城の通説は、史料に基づく根拠に乏しいと指摘されている。秀吉の伝記として有名な
小瀬甫庵の『甫庵太閤記』(17世紀)には、「1566年に秀吉は敵地の美濃国内で新城の城主になった」と
なお、「1566年に秀吉が信長に命ぜられて墨俣に一夜で築城しその城主となった」という通説は、
明治時代の歴史家渡辺世祐によって、小説の『絵本太閤記』の物語が、より信憑性のある『甫庵太閤記』
の年代に起こった事件として改められたものであるという。
  このように墨俣一夜城の逸話には築城の経緯、及び年代に信頼が置けない点が多々あるのが実情である。
このため、現在では多くの歴史家によって通説は否定され、墨俣一夜城築城物語は江戸時代の創作であったと
いう考えが受け入れられている。

                    再建造物 模擬天守(資料館)
                    墨俣城跡に建つ歴史資料館
                    通称 一夜城
                    城郭構造 平城

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