文 化 財
和 泉 黄 金 塚 古 墳
和泉黄金塚古墳の調査
@調査の契機
第2次世界大戦終戦頃に、旧大日本帝国陸軍が掘削した塹壕の断面から、多くの遺物が露出し
ているのが発見され、調査の契機となる。
戦後すぐの末永雅雄氏、森浩一氏の現地調査、そして昭和25・26年の大阪府教育委員会と
日本考古学協会の合同調査へ。
A粘土槨’
粘土で木棺を覆う構造の施設。後円部に3基の粘土槨が東西に並んで確認された。
中央槨 割竹形木棺 8.7m コウヤマキ製
東 槨 組合式木棺 8,5m コウヤマキ製
西 槨 組合式木棺 4.4m コウヤマキ製
B古墳の被葬者
古墳の被葬者は3人で、このうち東槨の棺は頭骨の一部(歯)から成人男性であったことが分かった。
中央槨と西槨からは人骨が残っていなかったため、被葬者の性別・年齢は不明であった。
しかし、東槨と西槨からは甲冑類と鏃が出土しているが、中央槨からは出土していない。
また、刀剣類も東・西槨では棺内から出土しているが、中央槨の棺内からは出土していない。このような状況から、中央槨の被葬者に女性、そのほかは男性が指摘されている。
C副葬品
中央槨「景初三年」銘画文帯四神四獣鏡、(径23,8cm)(写真)
現在は 東京国立博物館 にて 保管と展示
その他の副葬品
半三角縁二神二獣鏡、水晶製筒形製品 碧玉製勾玉・管玉・ハ角管玉、硬玉製勾玉・渠玉、
碧玉製石鯛・車輪石、 ガラス製小玉、滑石製臼玉、鉄製大刀・剣・刀子・農工具等
東 槨 三角縁盤龍鏡、画文帯四神四獣鏡、碧玉製管玉、碧玉製鍬形石、硬玉製
勾玉、硬玉製楽玉、ガラス製小玉、水晶製切子玉、碧玉製筒形製品、革製漆塗草摺、
鉄製短甲、衝角付冑、鉄製大刀・剣・刀子・農工具、中国銅銭「五條銭」、
革製漆塗盾及び巴形銅器等
所在地 大阪府和泉市上代町 (大阪府の南部:旧国名=泉州)
JR阪和線北信太駅から 10分位です。
土地は 民有地です。 小型の古墳ですが 瓢箪山古墳及び佐紀陵古墳と
類似しており(寸法等) 同じ設計図で 建設されたと推定される。
又 銘画文帯四神四獣鏡は 景初三年の銘があります
景初三年(239年)は
(大阪府和泉市教育委員会の 黄金塚古墳資料を 参考:引用しました)(2007-10-18)