上方散策  番場蓮花寺 ー2004年 3月 11日(水) −天候 晴ー
   番場蓮花寺 及び 法界坊の鐘

 
   
- - → (出 発)8:45 〜 中仙道鳥居本-上品寺(法界坊の鐘) 〜 名庭園- 青岸寺(昼食)
          〜 番場 蓮花寺(北条仲時以下430余名自刃の地)〜5:00 (帰着)

    

    上品寺の本堂           法界坊の 釣鐘       釣 鐘 堂               

    

      石 碑 @   釣鐘に吉原の遊女寄進者六百数十人の名が彫刻、  石 碑 A

  近江鉄道鳥居本駅から北へ100米に 歌舞伎の『法界坊の釣鐘』で 有名な上品寺がある。
 歌舞伎の隅田川続俤(ごにちのおもかげ)、通称『法界坊』は、天明四年(1784)五月大坂角
(かど)の芝居で初演されました。
 上品寺七世住職法界坊は 荒れた寺の再興の為に 江戸に出て吉原の遊女に法話がうけて
帰依する者多く(もてまくった) 遊女は苦界より来世の極楽浄土を夢見て寄進莫大で寺再興。
 鐘は西村和泉守が鋳造 遊女のささげたかんざし金や錫の鋳込まれた鐘の音はすずよかに
鳴り響いています。鐘の完成は明和6年(1769)。現在も 毎朝6時に搗き続けられている。

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.  青岸寺の参道          JR米原駅より東5分 湖北随一の青岸寺の庭園 
    青岸寺庭園は湖北随一の 豊富な石岩を用いた 豪華な 名庭園である。
  
    現蓮花寺本堂   自刃の碑     仲時以下 430余名の墓

  太平記 梅松論で 詳記されている 南北朝の古戦場である。 元弘三年五月、京都合戦に敗れた六波羅探題、北條仲時公は北朝の天子光厳天皇、二上皇、皇族を奉じ東国へ落ちのびるため中仙道を下り 当番場の地にて 近江の盗賊 野武士等 3〜4000人の重囲に陥り
大敗し、衆寡敵せず戦に敗れ本堂前庭にて四百三十余名、自刃す
  実質の 鎌倉幕府の滅亡である。ときに 大将 仲時28才であった。